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  • 일본대학/대학원 지망 이유서 평가A좋아요
    専門日本語表現技法Ⅰ『テーマA:○○大学院に進学した理由』○○大学院に進学した理由について述べるにあたって、先ずは大学院への進学を決めた経緯について書いておきたい。当然のことながら、いかなる大学院に進学するにせよ、進学や研究における目的意識を明らかにさせた上で、志望校を選定しなければならない。さもなければ、たとえ進学することが出来たとしても、決して完成度の高い論文は完成させられない。実際、私も○○大学大学院に進学することを決める際、自分の持っている問題意識や研究の目的などを自分自身に繰り返し問い掛けることで、果たして進学の動機や理由が納得のいくものであるかどうかをより明確なものにさせるという段階を経た経験を持っている。韓国人であるゆえに、普段の日常生活においては韓国語を用いていたが、小学校で漢字、中学校から漢文と英語、それから高校3年間スペイン語を学び、更に大学1年生から現在に至るまで日本語を学んできたため、コミュニケーションにおける手段として外国語を習得し、用いるという行為に対し興味を持つようになったのは、ある意味極めて自然であるように思われる。しかしながら、このような興味は、幾つかの外国語に触れることに連れ、ある言語を習得する過程において影響を与えると考えられる内・外部的要素と、それらの間に存在すると思われるある種の関連性に対する興味へと移り、言語学をはじめ、文化、政策、グローバリゼーションの手段、差別と不平等を生み出す母体としての言語など、言語にまつわるありとあらゆる側面、つまり言語そのものの持つ力とでも呼べるものに対する問題意識に変わるようになった。更に、より学問的かつ専門的なアプローチ法を以って自分の抱えている疑問や問題意識を明らかにするための研究を進めて行くことで極めて行きたいという気持ちが湧いてくるようになり、大学院において研究することを決心するに至ったのであるが、その次の段階として、どこの大学院に進学すれば良いのか、つまり志望校選定という新たな問題が表れた際に、志望校選定の基準として先ず第一に考えたのは、優秀な教授陣が揃っていること、取り分け自分の研究テーマに近い分野に関する研究を行っている教師がいることであった。周知の通り、大学院における研究というのは、学部における勉強と大きく異なっており、教師から教えられた知識を単に鵜呑みにするのではなく、新たな知識を次々と吸収、自分なりに消化し、自分のものにすること、更にはそれらの知識を土台に、自分の研究テーマに沿った考察や検証、それから分析などを行い、論文という一つの形に完成させることが要求される。ここで研究における分析方法や研究の進むべき方向性を提案するなどし、研究指導に当たるのは教師の役割である。このように、大学院においては所謂「主体性」と、教師との活発なコミュニケーションが非常に重要であるため、志望校を選定するにあたって自分の興味のある研究を行っている先生がいるか否かが、最も基本的な前提条件となる。従って、○○先生、○○先生、○○先生をはじめとする優秀な教授陣が、○○大学院への進学を決めた決定的な要因として働いたことは言うまでもないであろう。これに加え、第二の判断基準であった優れた研究環境が整備されていること、また、第三の判断基準であった言語社会学を基礎からしっかり学ぶことができるようなプログラムであることにおいても、それぞれ、国立大学法人であるため、経済的負担が私立大学に比べ比較的少ないという点と少人数制のゼミナールと文献講読を特色としているという点から、○○大学院は十分魅力的であったことを認めざるを得ない。その他、周りの意見や○○大学のホームページなどを参考に、大学認知度や所謂大学ランキングなどまでをも含む○○大学に対する内・外部的評価を考慮した上で、最終的に○○大学大学院への進学を決めたのである。『テーマB:東京の電車のなかで見た光景』今年の11月で日本滞在3年目になる私は、これまで東京の電車やメトロと呼ばれる地下鉄をはじめ、埼玉、神奈川、千葉、栃木、京都、福岡の電車に乗った経験があるが、与えられたテーマが「電車のなかで見た光景」であるにもかかわらず、あえて「東京の電車」に対象の範囲を限定したのには、それなりの理由がある。言うまでもないが、同じ日本であっても地域ごとに実に多様な顔を持っている。これと同様に電車においても、車内の光景はもちろん、車内から眺める風景もまた、日本中の地域ごとに異なっており、その地域の特徴を物語っている。そのため、そこに存在する様々な風景を「電車」という一つの言葉で括って語ることは困難であるように思われる。従って、ここでは東京を走る電車の中を覗いてみることにしたい。世界無数の大都市で、世界中から様々な人々が集まっている東京だけあり、車内には実に様々な人間群像が存在する。しかしながら、人々の間には何の関連性も見出せず、ただ一時的に同じ空間、時間を「止むを得ず」共有しているだけに見える。だが、それらの空間、時間こそが「東京の電車」という統一感のある一つのイメージを構成しているのである。東京を訪ねる韓国人観光客に、印象に残る東京の電車の中の光景を尋ねると、その多くが口を揃えて、車内での携帯電話マナーをきちんと守る人々、お年寄りに席を譲らない若者、読書に夢中の人々など、一見ありきたりの話のように聞こえてしまう例を挙げるであろうが、それは、「東京の電車の中はこうである」でなく、「(韓国の電車の中はこうであるのに対して)東京の電車の中はこうである」と、両者を比較することで、「東京の電車」というものに、「韓国の電車」とは違う何かを見出そうとするからに他ならない。比較することで、自分と他人との違いを見出すということは、他人と自分を区切ることから始まる。だが、いわゆる国民性や、ある社会において正しいとされる基準などが国によって異なるということを考えると、車内で見られる光景が多少異なっているのは、当たり前のように思われる。更に、これまた、当然のことながら、両者に共通して見られる光景も数多く存在する。ここで、私の経験談を紹介しておきたい。実は今から5年前の大学4年生の時、観光のため一週間ほど東京に滞在したことがあるが、ホテルに向かうため上野駅で乗った電車で、自分が20年以上抱いて来た日本人に対するイメージが崩れ落ちるのを感じる瞬間があった。日本の電車にも、同僚に仕事の愚痴をこぼすサラリーマンがいれば、特に出勤時間によく見かける電車で化粧をする女性もいた。車内の至るところに張ってある広告に目をやりながら音楽を聴いている学生も、スポーツ新聞に熱中になっている中年男性も、ひたすら携帯電話の画面を見つめている人もいた。酔っ払って寝てしまった人、友達と大きな声で話をする女子高校生もいた。これらの人々を見つめているうちに、日本人なら誰もが他人に迷惑をかけるのを極度に嫌い、社会秩序や公衆道徳を守り、電車内では静かに読書をするという日本人に対するイメージは自分が勝手に作り上げた、いわゆるステレオタイプに過ぎないということ、多少の違いはあるにせよ、「暮らし」或いは「人生」というのは、国とは何の関係もなく、どれも似たような姿をしており、それほど大きな違いはないということに気付いたのである。何年前か読んだエッセイの中で、かの人気作家である村上春樹が「知らない町を走ることで、町を知る」のようなことを述べていたが、私の場合は電車に乗ることで、東京に、定型化されたイメージとしての「日本人」でない生き生きとした「人々」がいること、また、人の数だけ実に様々な「人生」「暮らし」「生活」が存在することを知ることが出来たと言えよう。PAGE 1PAGE 1
    인문/어학| 2012.07.26| 2페이지| 1,500원| 조회(3,856)
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  • 일본어문법인 사역/수동/사역수동의 간략 정리
    사역, 수동, 사역수동에 대해1. 사역/수동사역 : 시키다(させる) ⇒ 예) 本を読ませる 책을 읽게 시키다수동 : 당하다 (られる) ⇒ 예) 本を読まれる 누군가가 책을 읽어서 어떠한 피해를 입었다(「られる」에는 존경, 가능, 수동의 의미가 있으나, 간접수동의 의미만으로 생각했을 경우)本を+読む(ことを)+させる ⇒ 책을+읽다(~게) +시키다, 만들다책을+읽다(~게) +시키다 ⇒ 책을 읽게 시키다기본 문형: (~が)~に(~を) eq oac(○,V)させる해석 : ~ 에게 eq oac(○,V)하게 시키다, eq oac(○,V)하게 하다, eq oac(○,V)하게 만들다예) お母さんが私に+「手紙を書かせる」「掃除をさせる」「学校へ行かせる」「服を着させる」本を+読む(ことを)+される ⇒ 책을+읽다(~는 것을) +당하다책을+읽다(~는 것을) +당하다 ⇒ 책을 읽는 것을 당하다기본 문형:(~が)~に(~を) eq oac(○,V)られる。해석: ~에게 eq oac(○,V)당하다. ~가 eq oac(○,V)하다예) 私が友達に+「パンを食べられる」「手紙を破られる」「話を聞かれる」「彼氏をとられる」*직접수동 : 목적어를 주어로 하는 것 ⇒ 목적어와 동사(행위)를 강조この会社を1970年に設立した ⇒ この会社は1970年に設立された*간접수동:다른 사람에게 피해를 입었거나 곤란한 일을 당했을 경우 사용(자동사의 간접수동)子供が泣いた ⇒ 子供に泣かれた(타동사의 간접수동)財布を盗む ⇒ 財布を盗まれた2. 사역수동의 기본형태사역 + 수동 = 사역수동させる + られる = させられる①1그룹(5단동사)「ア」せる(사역)+られる (수동) ⇒「ア」せられる(사역수동)飲む ⇒ 飲「ま」せる+られる ⇒ 飲「ま」せ/られる ⇒ 飲ませられる待つ ⇒ 待「た」せる+られる ⇒ 待「た」せ/られる ⇒ 待たせられる知る ⇒ 知「ら」せる+られる ⇒ 知「ら」せ/られる ⇒ 知らせられる②2그룹(1단동사)させる(사역)+られる (수동) ⇒させられる(사역수동)食べる ⇒ 食べさせる+られる ⇒ 食べさせ/られる ⇒ 食べさせられる捨てる ⇒ 捨てさせる+られる ⇒ 捨てさせ/られる ⇒ 捨てさせられる起きる ⇒ 起きさせる+られる ⇒ 起きさせ/られる ⇒ 起きさせられる③3그룹(변칙동사)する ⇒ させる+られる ⇒ させ/られる ⇒ させられる来る ⇒ 来させる+られる ⇒ 来させ/られる ⇒ 来させられる3. 사역수동의 단축형태「す」=「せる」「させる」의 고어(옛날말)①1그룹(5단동사)「ア」せる(사역)+られる (수동) ⇒「ア」せられる(사역수동)「ア」す +られる (수동) ⇒「ア」される(사역수동)⎿________⏌⇣す+ら=さ飲む ⇒ 飲ます+られる ⇒ 飲まされる待つ ⇒ 待たす+られる ⇒ 待たされる知る ⇒ 知らす+られる ⇒ 知らされる단축형태의 주의점①단축형태는 1그룹동사에만 있다(2그룹, 3그룹 동사에는 단축형태가 없다)②1그룹동사라도 「話す」「 押す」처럼 「す」로 끝나는 동사는 단축형태가 쓰이지 않는다.話させられる ⇒ 話さされる(×)押させられる ⇒ 押さされる(×)이유는 위에서 보는 것처럼 「さ」가 2개 겹치기 때문이다.연습) 考える ⇒ 考えさせる+られる ⇒ 考えさせられる(단축형 없음)話す ⇒ 話させる+られる ⇒ 話せられる (단축형 없음)聞く ⇒ 聞かせる+られる ⇒ 聞かせられる(聞かされる)急ぐ ⇒ 急がせる+られる ⇒ 急がせられる(急がされる)4. 사역수동의 의미와 사용방법사역수동은 「어떤 행위의 이유 혹은 결과가 주어의 의지와 상관없을 때 」사용긍정적 의미, 부정적 의미 둘 다 사용 가능가장 간단한 해석= (의지와 상관없이) eq oac(○,V)시켜서 eq oac(○,V)하다, eq oac(○,V)하게 만들어서 eq oac(○,V)하다,예) 先生に宿題をやらせられた ⇒ 선생님이 숙제를 하게 시켜서 (억지로)했다.사역수동 : 시키는 것을 당하다(させられる) ⇒ 예) 本を読ませられる⇓의미를 분해하면,本を+読む(ことを)+させる+される ⇒ 책을+읽다(~게)+시키다+당하다⇓의미를 발전시키면,책을+읽다(~게) +시키다+당하다 ⇒ 책을 읽게 시키는 것을 당하다기본 문형:(~が)~に(~を) eq oac(○,V)させられる예)友達が店員に商品を買わせられた。(私が)母にご飯を食べさせられた。学生が先生に本を読ませられた。⇓각각의 뉘앙스를 생각해보면,本を読ませられる ⇒ 누군가가 책을 읽게 시켜서 (내 의지와 상관없이 )억지로 책을 읽었다⇓긍정적 의미의 문장의 예를 들어 보면,あの人に感動させられた ⇒ 그 사람이 (나를)감동하게 시키는 것을 당했다 ⇒ 그 사람이 나를 감동하게 만들었다 ⇒ 그 사람에게 감동했다「あの人に感動させられた」와 「あの人に感動した」あの人に感動させられた ⇒ 내 의지와 관계없이 저절로 감동해 버렸다 ⇒ 그 사람이 내가 감동할 만한 무언가를 가지고 있어서 필연적으로 감동 ⇒ 발생한 일을 강조あの人に感動した ⇒ 감동했다 ⇒ 발생한 일을 서술, 자신의 주관あの人に失望させられた ⇒ 실망하고 싶지 않았지만 내 의지와 달리 나를 실망하게 했다 ⇒ 누가 봐도 실망한 만한 일이기에 필연적으로 실망 ⇒ 그 사람의 책임을 강조あの人に失望した ⇒ 실망했다 ⇒ 서술, 자신의 주관
    인문/어학| 2012.08.28| 3페이지| 1,000원| 조회(1,252)
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  • 비교식문화론-식문화론에 나타나는 내셔널리즘
    専門日本語表現技Ⅰ『比較食文化考-食文化論に見られるナショナリズム』2006年11月、農林水産省は、「日本食レストランと称しつつも、食材や調理方法など本来の日本食とかけ離れた食事を提供しているものが数多くある」とし、「海外日本食レストランへの信頼度を高め、日本の食文化の普及を後押しすること」を目的とする「日本食レストラン推奨計画」を発表した。これは、日本政府が、カリフォルニア・ロールに代表される、いわゆる「フュージョン日本食」の拡散や、同省の言葉を借りると、「日本食と称する」レストランの増加を警戒し、それを抑制するための対策に乗り出し始めたことを示している。更に、同省による「海外における日本食レストランの現状について(2006年11月)」という報告書においては、米国の「日本食と称する」レストランで提供される料理の多くが米国人の嗜好に合わせ、変化したものであることや、フランスの「非日系人」が経営する中華レストランなどによる誤った調理方法などが、フランス人に「日本食」として認識されつつあることなどが指摘されており、ここでも、本物と見做すことの出来ない日本食の増加に対する懸念が見られる。「フュージョン日本食」に対する日本政府の認識や対策は、フィナンシャル・タイムズが、「(前略)The point is that certifying authetic food – though a noble concept – is outmoded in a globalised world」と報じたほか、ワシントン・ポスト紙によって「国粋主義の復活」という表現を用いて取り上げられ、日本国内においても、いわゆる「寿司警察」や「食文化ナショナリズム」をめぐる論争を引き起こした。そもそも「本物」というのは、「本物ではない」とされる対象との比較を通じて見出された違いを以って両者を区切ることで、明確化され、価値を与えられるものであるが、その過程において、対立項を設定するためには、「本物」にあるべきものを明確に定め、その要素に欠けているものを、ある枠組みの中から選び出し、「本物と異なっている」ことを確認した上で、最終的にはその枠組みから排除する行為を必ず必要とする。このような二分法的思考は、「日本食=本物」⇔「フュージョン日本食=本物ではないもの」という認識を成立させ、前者には肯定的な価値を、後者には否定的な価値を付与する働きをする。ここで注目したいのは、食べ物そのものをはじめ、それに関わる食行動や食文化と、母性、アイデンティティ、国家との関係性が構築されることによって、明確な形を持つものとして成立する「自己(私たち)=内側」と「他者(彼ら)=外側」の対立構造である。人間は不完全のまま、生まれるがゆえに、完全に保護を受ける環境においてのみ生存する。周囲の人間、とりわけ、母親に対する依存度は、自らの力で生存に必要な食べ物を十分に確保することが出来ない乳児期・児童期において最も高い。従って、生存のための必修条件から、食べ物と母親を切り離すことは出来ないと言えよう。ここで、食べ物が、自己や家族、そして(家族の概念が拡大された共同体として見做した場合の)国家のアイデンティティと関連性を持つことが分かる。日本には「おふくろの味」という言葉があるが、これを指して、熊倉(1992、37頁)は「一種の神話のようなもの」という表現を使用している。彼は、「おふくろの味」を通じて「自己のアイデンティティや家庭の絆」が確認されることによって「家庭」とか「国家」といった近代的なイデオロギー(共同体のアイデンティティ)が「食の文化における意味体系のなかに位置しているのである」と述べている。一方、Lupton(1999、62頁)も、「食べ物に関わる信念と振る舞いは乳児期から発達し始め、家族単位と密接に結びついている。(中略)食べ物と常に結び付けられる主要な情動の一つが愛で、特に母の愛である」と説明している。また、Lupton(1999、39頁)が引用している「(前略)食べ物を体内に取り入れるということは、一人ひとりがその食べ物の特性を取り入れることによって主観性の概念を構成することである同時に、人をある調理システムへ、従ってある社会集団へと取り込むことである」というFischler, C.(Food, self and identity. Social Science Information, 1988)の指摘からは、人々が、食べる行為を共有することで、同じコミュニティーを構成するということが推測できる。更に、食べ物は、「文化間の差異を生み出す道具」であり、「集団のアイデンティティの強化に役立つ道具」でもある。Lupton(1999、23-24頁)によれば、「(前略)食べ物はその値段や希少性、そして何より文化的な意義といった要因から、境界を示すものであり、(中略)食べ物を調理したりする行動は、『私達』と『彼ら』の境界線を定義する特別な力を持つ」。一例に、フランス人はワインとチーズを、イギリス人はフィッシュアンドチップスを、また、オーストラリア人はベジマイトという料理(Lupton、39頁)を、それぞれ、最も自国らしい料理、即ち、それぞれの国の一員としてのアイデンティティを象徴的に示しており、それを食することで、一員であることを再確認することができる料理として挙げている。日本における「最も日本らしい料理」としては、お米やお茶の文化、新鮮なもの(生もの)への追求、醤油や酢の使用といった日本食の特徴を殆ど揃えている寿司を挙げることが出来るであろう。これを敷衍すると、寿司の調理法や食べ方などに見られる「日本らしさ」や、それによって強調される日本人と他者との相違点を共有し、また、寿司を食べることによって、日本という国を構成する一員としてのアイデンティティを確認することが可能であるという側面に注目し、これを集団のアイデンティティの強化のための手段として利用しようとする意図が表れたのが、上記の「寿司警察」に代表される様々な取り組みであると、考えられないでもない。前述したように、人間は食することで、自己を確認し、そのような行為を共有することによって「共同体」を構成する。それゆえ、「食べ物・食行為」は、「自己・共同体のアイデンティティ」と結び付けられやすい。従って、比較という形式を借りて「私たちの食べ物」と「彼らの食べ物」を語る行為は、「私たち」と「彼ら」の違いを強調する働きをすると同時に、「私たち」に肯定的価値を、「彼ら」には否定的価値を与えることで、優劣関係的「対立構造」を作り出し、「私たち」のアイデンティティを強化するため、ナショナリズムのイデオロギーの形成に繋がりやすいと考えられる。参考文献Deborah Lupton、無藤 隆・佐藤恵理子訳、1999、「食べることの社会学」新曜社熊倉功夫、1992、「食文化史における思想」熊倉功夫・石毛直道編、『食の思想』所収、ドメス出版河野友美、1980、「味覚と文化」多田道太郎・中尾佐助編、「食の文化」所収、講談社PAGE 2PAGE 1
    인문/어학| 2012.07.26| 3페이지| 1,500원| 조회(102)
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  • 내셔널리즘
    社会言語系基礎講義 社会言語学入門ナショナリズムの訳語には「国民主義」、「国家主義」、「民族主義」の他に「排外主義」、「愛国主義」までがあるが、国家を一定の HYPERLINK "http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%9B%BD%E5%AE%B6&dtype=0&stype=0&dname=0na&ref=1&index=20295319386000" 領土とそこに居住する人々から成り立つ概念と見なすと、人が自分の所属している集団、つまり国家に対し興味・関心・親しみを持ち、ある種の愛着を抱くようになるのは極めて自然なことのように思われる。国民或は民族-国民と民族が必ずしも一致するわけではないため、これらの概念は必ず厳密に区別されなきゃならないものの、現代において民族という概念は国家の形成と密接な関係を持つようになり、国家の成立と共に民族=国民というような様相を呈して来たのは確かである-は、自分が所属している集団はそうではない集団のそれとは明確に区別できる特殊性・独自性を保有するという認識から成立し、自分がある民族に属しているという連帯感ないし同類意識である民族意識を生み出す。そして、いわゆる愛国思想の体系化はこのような民族意識に思想的根拠を与え、それが民族主義、即ちナショナリズムに繋がる。しかしながら、『想像の共同体』の著者であるベネディクト・アンダーソンは「国民」の概念を「イメージとして心に描かれた想像の共同体」と定義しながら、更に国民が持つすべての愛着の対象も国民と同様に「想像されたもの」であり、いわゆる同胞愛というのは言語を通して想像されると指摘している。そもそも人が自らの自由な意志で自分が属することになる家族や民族、国家などを選ぶことは不可能であるため、国家という民族共同体の一員、つまり国民という概念は国家によって強制的に与えられた識別のためのアイデンティティに過ぎない。従って国家と国民との関係をその根拠としている愛国心・愛国主義もまた、言語を初めとした教育政策、国歌・国旗など国家を象徴する物などを用い創り出され、強要された概念である。つまり、国民国家を構成する一員である以上、自分の国を愛するのは当然なことであるという主張には、自分が属している国を愛しない(若しくは愛することが出来ない)という個人の意志よる王位独占、それから国防計画に住民結集させるいわゆる夷人襲来により、藩閥政府の権威を更に高める効果をもたらしたと述べている。これに加え、富国強兵政策の成功、日清・日露戦争、台湾・朝鮮併合における学校、出版による喧伝などが、藩閥政府の正当性創出に寄与したと指摘しており、実に興味深い。当然のことながら、韓国におけるナショナリズムは日本のそれとはその性質・特徴などが異なる。ここで、アンダーソンの『Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism』の日本語訳のタイトルが『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』であるのに対し、韓国語訳のタイトルは『想像の共同体-民族主義の起源と伝播に対する省察』となっているのに注目して欲しい。上に述べたようにナショナリズムの訳語には「国民主義」、「国家主義」、「民族主義」の他に「排外主義」、「愛国主義」までがあるが、このようにナショナリズムは文脈により多様に使い分けられており、その一義的な定義は困難である。従って「Nationalism」も通常は無理に訳せず「ナショナリズム」として表記するのが一般的であるが、文脈から意味が限定される場合、「Nationalism」を国家主義、国民主義、民族主義と訳し分ける場合もある。つまり、日本語訳における「Nationalism」は多様な解釈が出来る包括的概念である。一方、韓国語訳における「Nationalism」は「民族主義」の意味を持つ概念として限定されている。なお、表紙においても日本語訳版の場合は原書の表紙として用いられているイメージをそのまま採用しているが、韓国語訳版の表紙を飾っているのは2002年韓日サッカーワールドカップが開催された際、同じデザインの赤い服を着ている人々によってソウル駅広場が赤一色で染められている瞬間を収めた写真であることから、タイトルと同様に「民族主義」の意味としての「Nationalism」を非常に強調しているように感じられるが、オリンピックやワールドカップのような際競技大会の期間になれば、何の疑いもなく自国の選手を応援するという形となって愛国心・民族意識が表れやすいからである。ところで「Nationalism」を「民族主義」と定義してしまう場合、民族の存在・独立や利益また族主義」の意味としての「Nationalism」を強調するのも無理はないように思われる。一方、米下院外交委員会は日本人が意識しているナショナリズムについて次のように書いている。「For most Japanese、 nationalism means “love for the country” and “ HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/pride" pride in HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/being" being Japanese.” Furthermore、for most Japanese、b HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/being" eing proud of HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/Japan" Japan or of HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/being" being Japanese equals their desire to see HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/Japan" Japan share a due level of responsibility in the international community. In short、the nationalism that most Japanese identify with is closer to the patriotism we see in this country.」要するに、「殆どの日本人にとってナショナリズムとは、国への愛情であり、日本人であることの誇りであるが、これらは愛国心( HYPERLINK "http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%d1%a5%c8%a5%ea%a5%aa%a5%c6%a5%a3%a5%ba%a5%e0" パトリオティズム)に近いと言える」と述べているのであるが、興味深いことに20世紀初期の韓国にも日本のナショナリズムに対しこのような評価を下す人達がいた。例えば、2005年に<民族問題研究所>に革を主張し、当時の課題を「立国と強国」と定め、民族精神と民族思想を植え込むことや、西洋の政治制度を取り入れることで実現させることが出来ると強調していた。彼らは「「日本が強大な清国とロシアを撃退することが出来たのは、立憲政治を行うことで人民の権利を尊重し、個人の自由を保護することにより愛国心が生み出されて来たからである」と考えていたのである。一方、日本帝国に韓民族の国権を奪われた後、国権回復のために展開された、いわゆる文化啓蒙運動の理念には英雄主義、愛国主義、国家主義などがあるが、英雄主義は国家を最優先とする愛国至上主義、更には国家主義に発展した。これによって民衆の主体性が否定され、民衆の存在は「国権回復」という目的のためのものとなり、個人の人権は国権のためにだけ存在するものと見なされた。このような愛国主義や国家主義は儒教の忠孝論をその思想的根拠としていたため、国家のために生き、死ぬことは有意義という国家有機体説がより広く受け入れられるようになった。しかしながら、当時の民族主義は帝国主義との競争で生き残り、最終的には帝国主義国家に成長することを最大の目標としていた。つまり、日本帝国主義の侵略イデオロギーである東洋主義を批判しつつ、その代案として「国家主義」を主張していたのであるが、このような国家主義・民族主義は解放後、朝鮮戦争を経て南北分断が固着化される過程において反共主義に置き換えられる。つまり、分断以後の韓国民族主義は統一を指向する統合性と、北朝鮮を排斥し敵対視する排他性を両方持つようになったのである。これについて1982年釜山アメリカ文化院放火事件の「首謀者」として逮捕、投獄された文富軾は次のように述べている。「南北を問わず朝鮮半島において国家というのは神話である。帝国主義の支配により「国家」を奪われた経験は国民国家に先験的な正当性を付与する働きをした。(中略)南と北は軍事力と経済力において優位を占めることで相手を制圧することを最大の目標とする」 更に彼は「国家は抽象的であり、権力は具体的である。権力は抽象的主体の国家を通じて、自分を正当化させる。 これが国家主義である。国家主義とは国家の正当性を動かせない真理として受け入れることを強要する理念である。1980年5月全斗煥の暴力を黙認したということは、私達が彼の権力を国家として受け入れたという事実を意味する」と、ムの表れであったことは確かであり、1990年代の経済民族主義、文化民族主義を経て、今現在も統一民族主義という姿として存在していることを考えると、国家社会主義の狂気に対抗したドイツの反ナチ抵抗運動と韓国の民主化運動の違いについて「ドイツ人が自由と理性を、抽象的主体である国家理性、即ちヒトラーに献納した自分たちを徹底的に反省しているのに対し、韓国における国家主義は全く克服されていない」という文富軾の言葉は実に意味深である。参考文献ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』白石さや・ HYPERLINK "http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/250-0338539-0301037?%5Fencoding=UTF8&search-type=ss&index=books-jp&field-author=%E7%99%BD%E7%9F%B3%20%E9%9A%86" 白石 隆訳、NTT出版、1997橋川文二『昭和ナショナリズムの諸相』名古屋大学出版会、1994菅 孝行・松本健一『対論 ナショナリズムのゆくえ』株式会社 第三文明社、1985金度亨『大韓帝國期の政治思想研究』(株)知識産業社、1994文富軾『失われた記憶を求めて 狂気の時代を考える』板垣竜太訳、現代企画室、2005チョン・ゼホ『世界化時代における韓国と日本の民族主義の持続性と変化』韓国政治外交史学会、1960チョン・ヨンウク『提携と排除の二重奏:韓国現代史における民族主義、共産主義、そして左右対立』ナナム出版、2003『ブリタニカ世界大百科事典』韓国ブリタニカ会社、1994ウェブサイト HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD" o "アメリカ合衆国" アメリカ合衆国 下院外交委員会(Web site for the House Committee on Foreign Affairs) HYPERLINK "http://www.internationalrelations.house.gov/109/tat091406.pdf" t "_blan3
    인문/어학| 2012.07.26| 3페이지| 1,500원| 조회(116)
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  • 일본어리포트 [일본의 부부별성론에 대해]
    専門日本語表現技法Ⅰ『夫婦別姓論』1.はじめに本稿においては、日本社会において意味付けられて来た「姓(氏、名字/苗字)」の概念を取り上げ、考察することで、現代の意味付けを把握すると共に、今日における夫婦別姓論をめぐる議論を多様な角度から考えることを目的とする。そのためには、先ず、現代の日本において、ほぼ同じ意味で用いられている姓、氏、名字/苗字の本来の意味の確認を含めて、それぞれの辞書における位置付けに当たることで、考察の対象をより明確にすることが必要であろう。(以下は、「デジタル大辞泉」や「ウィキペディア(Wikipedia)」から本稿における議論に纏わると思われる部分を意図的に抜粋し、まとめたものである)「姓(かばね/せい)」① HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3" o "古代" 古代に HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC" o "日本" 日本でオオキミ・天皇から各 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F%E6%97%8F" o "氏族" 氏族に与えられて職能や序列を表した一種の称号。 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%90%E3%83%8D" o "カバネ" カバネにて詳述。② すべての日本国民が有する、先祖から受け継がれてきた家の名称や、夫婦を中心にした家族の名称を指す。家族の中にあっては、名前が個人を特定する名称だが、家族の外では、姓と名前を合わせることで個人を特定する名称となる。「氏(うじ/し)」① 古代氏族を現わすもの。ウヂ。古代社会における同族集団。氏の名は朝廷での職掌や居住地の名により、多くは地位に応じて姓を有した。② その家に代々引き継がれる、家の名。家系の名称。姓。名前の最後につける敬称。○○氏。「名字/苗字」① 家の名。姓。家名。古代、氏と姓を総合した称。② 元々、名 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%97" o "字" 字と呼ばれ、 HYPERLINK "http://ja. "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A9%9A%E5%A7%BB%E5%B1%8A" o "婚姻届" 婚姻届を提出せず改氏を回避する「 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E5%AE%9F%E5%A9%9A" o "事実婚" 事実婚」や、婚姻届を提出した上で片方が旧姓を使う「通称使用」などで便宜を図ることがあるが、現状では法律的な夫婦と別氏は同時には成立しない。一方、夫婦別姓とは、 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A9%9A%E5%A7%BB" o "婚姻" 婚姻時に夫婦の HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F" o "氏" 氏を統一せず、それぞれが婚姻前の氏を名乗り続けることをいう。これらをめぐり、民法の改定を争点として、論争が続いており、これについては、後でふれることにする。(2)日本社会における「姓」の意味付け(1)で婚姻における夫婦の姓について述べたが、これから「夫婦同氏」や「夫婦別姓」について考察していくにあたり、日本人にとって「姓」というのはいかなる意味を持つのかについて確認しておきたい。ここに、この問いを解く一つの手掛かりとなる極めて興味深い世論調査の結果がある。「家族や家族に関する法制度についての国民の意識を調査し,今後の施策の参考とする」という目的の下、全国の20歳以上の人、5,000人を対象に、内閣府により行われた「家族の法制に関する世論調査(2006年12月実施)」がそれである。以下では、本稿における議論に関わっていると思われる調査結果をいくつか紹介する。(以下の各項目の見出しにおいては、同府の公式サイトの「調査結果の概要」より抜粋し、必要に応じ具体的な内容を加えたものであり、答えにおいては、同サイトの「調査票」よる表記をそのまま用いている)① 姓に対する意識-姓とは、どういうものなのか。「先祖から受け継がれてきた名称」45.1%「夫婦を中心にした家族の名称」16.7%、「他の人と区別して自分を表す名称の一部」12.5%② 婚姻による姓の変更に対する意識「姓が変わったことで、新たな人生が始まるような喜びを感じると思う」47.氏原則」が男女平等に反するとし、民法の改定の必要性と、また、戦後、廃止されたにもかかわらず、今尚社会に影響を及ぼし続けている「家」制度について、フェミニズム的観点から活発に議論されるようになっているのを背景に、「選択的夫婦別姓制度」の導入を主張する賛成論と、「選択的夫婦別氏制度」にしなければならない切実な理由がないことや、子供の姓を決める際に起こり得ると考えられる諸問題などをあげ、「夫婦同氏原則」の改定の必要性を否定する反対論が存在しており、様々な議論が起こっているのである。更に、男性に比べ、女性に家族の姓と一体感との関連性においては否定的な答えを、また、「選択的夫婦別姓制度」においては肯定的な答えを選ぶ割合が多かったことや、婚姻による姓の変更に対する違和感や、現在の民法を改める必要はないという意見を表す者の割合が男性で高くなっている世論調査の結果からも分かるように、「夫婦同氏原則」と「選択的夫婦別氏制度」に対する、男女の意見が分かれる両極化の傾向が現れていると思われる。(3)「選択的夫婦別姓制度」を考えるにあたって影響を及ぼす要因① 夫婦の姓と一体感に対する認識や、「婚姻」概念の解釈「それぞれの「家」は氏をもつ。氏は「家」の名称であり、「家」に属す者は、その「家」の氏を称する。(中略)家族は、「家」の氏を称し、戸主の扶養を受ける」という、あとでふれることになる「家」制度の影響(婚姻と同時に、ある「家」の姓に改氏することで、その「家」の一員になる。言い換えれば、婚姻により、ある「家」の一員になり、それは、その家の姓に改氏し初めて認められる)により、日本社会全般にわたり、「家族である以上、必ず同じ姓を名乗るべきである」という認識が広まっており、それゆえ、夫婦別姓にすることで、家族としての一体感が弱まる恐れがあると考える人が多いと思われる。これに加え、このような認識の背景には、「家」制度もさることながら、日本人の「婚姻」概念の解釈も関わっていると考えられる。女性が、本来自分が居るべき場所へ帰ることを意味する「嫁ぐ」、また「お嫁に行く」という言葉が象徴しているように、日本社会における「婚姻」とは、「人」と「人」を結ぶものである以前に、「家」と「家」の結びつきである。更に、「夫婦」というのも、一人の独立した人格同士の共同体としてでなく、具体的かつ明確的な実体を持つ一つの概念であろうと推測できるのである。なお、「夫婦の姓が違うと、子供にとって好ましくない影響があると思う」と答えた人が60%を上回る世論調査の結果においても、このような傾向が反映されていると考えられる。考察②今日の「夫婦同氏原則」論争における様々な観点(1)フェミニズム的観点-男女不平等を招く「夫婦同氏原則」を考える既に述べたように、「夫婦同氏原則」や「戸籍」などに代表される現行 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%B3%95" o "民法" 民法における諸問題は、女性の人権と男女平等の問題と結び付けられ、フェミニズム的観点をもって語られており、女性問題的側面から見た現行民法が抱えている諸問題への理解を求めるとともに、それを改めることの妥当性を訴えつつ、民法の改定の要請している。その主張の根拠の一つとして、現行 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%B3%95" o "民法" 民法が「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称することとされる」と定めているにも関わらず、妻の側が改氏する割合が全体の97%を占めていることが挙げられている。つまり、婚姻時の改氏において、法律上は夫又は妻のどちらかの姓を選択することが可能であるため、形式的には平等であると言えないでもないが、女性の改氏が極めて高い割合を示していることから、実質的には不平等なものである。従って、民法の改定の必要は明らかであるということになる。これに対し、「法律の規定は夫婦いずれかの氏を名乗るとなっており平等である」、また「選択的夫婦別氏制度となった場合でも婚氏統一するかどうかは相変わらず夫婦の協議による選択であるから、結果が均等になるとは考えにくい」という反論が提起されている。ここで、「夫婦同氏原則」におけるこのような実質的な不平等を生み出す背景には、以下のような要因があると考えられる。① 夫の意識上記の世論調査において、「姓が変わったことに違和感を持つと思う」と答えた男性の割合が、女性のそれより高くなっている結果が、改氏に対する男性の意識を物語っているように、夫が、婚姻による姓の変更で、仕事において不便が生じ得るという仕事上の諸問題、子供への影響などを理由に、改氏にされた。戸籍は「家」を表示するものとして「家」を単位に編製され、戸主とその家に属する家族の身分関係を明らかにする、家の登録としての性格を有することとなったが、この戸籍の最も重要な特徴は、家族の範囲が氏を基準に決定される構造であると言えよう。このように、日本人であることを意味すると同時に、身分登録の意味を持つ戸籍と「家」制度は深く結びついている。戦後、「家」制度は廃止されたが、戸籍のみ存続し、夫婦同氏、親子同氏が原則とされ、今日に至るのであるが、これについて水野は「そもそも家制度が廃止された以上、氏ごとの編成には、根本的に無理があることを認識しなければならない」と述べながら、最終的な解決策として、個人別の戸籍にすることを提案している。3.まとめこれまで「夫婦別姓論」を論じるにあたり、日本社会における「姓」の意味や、「姓」に対する日本人の意識を考えた上で、「選択的夫婦別姓制度」と「夫婦同氏原則」について考察してきた。人なら誰しも氏名も持っている。氏名は「呼び名」である同時に、人と区別される自分という存在、即ち、個人のアイデンティティを表すものでもある。それゆえ、氏名は、いかなる社会においても非常に重要な意味を有する。それゆえ、人格を持った個人が自分の氏名を変更するか否かを選択する際に、最も優先されなければならないのは、個人の自由意志に他ならない。それは、法律に反しない範囲内であるならば、名誉、氏名、 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%82%B7%E3%83%BC" o "プライバシー" プライバシーなど、 HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%8B%E4%BA%BA" o "個人" 個人の人格的利益を保護するための権利である「人格権」に相当すると言えるであろう。従って、水野のいう「現行民法の氏の強制的な変更規定」は、強要された「選択」であり、個人の人格権の侵害に当たるのである。一方、今日の日本における「夫婦同氏原則」は、婚姻時、夫の姓に改氏する妻の割合が97%を上回るという現状が明らかであることから、「人格権」の側面からでなく、「女性の権利(或いは選択権)」の観点から語られることが多いよE 1
    인문/어학| 2012.07.26| 1페이지| 2,000원| 조회(120)
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