일본문학(日本文學),일본학(日本學) 편(篇) : 『일본영대장(日本永代藏)』에 나타난 금전과 "나이듦"의 주제적 의미
- 최초 등록일
- 2011.08.09
- 최종 저작일
- 2011.08
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서지정보
ㆍ발행기관 : 한국일어일문학회
ㆍ수록지정보 : 일어일문학연구 / 77권 / 2호
ㆍ저자명 : 정형 ( Hyung Chung )
영어 초록
「日本永代藏」の序文たる「卷1-1」の卷頭一節で提示される致富條件は若い商人には中中實踐されがたい實存の問題であった。儉約、健康、才覺、元手、予測不可能な幸運(神佛への現世祈願)等の致富條件は複合的に關われておりその裏面には人間の成熟期から老年期における致富と老いとの相關性が見られる。これを描寫する作者の創作意圖をどう捉えるべきかについて本稿では「日本永代藏」「卷4-1(祈るしるしの神の折數)」、後家が主人公に登場する「卷1-3(浪風靜に神通丸)と「卷1-5(世は欲の入札に仕合)」、典型的な2代沒落談である「卷1-2 (二代目に破る扇の風)」「卷3-2(國に移して風呂釜の大臣)」「卷5-3(大豆一粒の光り堂)」等を中心に考察を試みた。作者は致富と老い(年を取るという意味)との連關性を直視している。當時では老年期に當たる40代の歲が內包する老いの肯定的要素は金錢そのものに執着する致富への懷疑や不可知な來世を認識し人生を觀照する成熟さにほかならない。これはまた致富を家業において代代に續けさせられる知惠であり、世俗での金錢への還元のみを志向する現世祈願的信仰への不安を認識することでもあった。作者が彼の第一作の作品「好色一代男」を刊行したのは43才の1684年、「日本永代藏」を出したのは47才(1688年)、實に老いの頂点期であった。「日本永代藏」において致富の條件としての元手と信仰という矛盾的で重層的な當代の現實を<面白おかしく>虛構しようとする方式、卽ち若さに起因する盲目的な致富追求や未熟さによる失敗談や宿命的な沒落談等を數多く虛構化することによって致富における老いの意味を寫實的に形象化できたのは老年期にあった西鶴にとって自然な創作方式であったと言えよう。
참고 자료
없음
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